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Chanel
シャネル

VOGUE GIRLがお届けする「シャネル / Chanel」に関する記事ページです。

1910年、ココ・シャネル(本名:ガブリエル・ボヌール・シャネル)が、フランス・パリ1区カンボン通り21番地に「シャネル モード」という名の帽子専門店を開業。1915年、ビアリッツに「メゾン ド クチュール」をオープン。翌年コレクションを発表し大成功を収める。多くの装飾が女性の肉体の自由を奪っていた当時、ココ・シャネルは「服は毎日の生活のためにまずある」と考え、腕を上げられ、歩くことを可能にする実用的な装いを主張としていた。第一次世界大戦が勃発した頃、布地の不足から、馬の調教師のセーターに使われていたジャージー素材を使用し動きやすい看護師の服を供給。戦争という非常事態をチャンスに置き換え、女性たちの生活スタイルに合ったモードを発表していくことで、上流階級の女性だけでなく、働く女性たちの支持をも得るのだった。1921年、今でも人気を誇る香水「N°5」を生み出し、ビジネス的にさらなる発展を遂げる。

「たくさんの色を使えば使うほど、女はかえって醜くなるというのに女たちは気づかない」といった考えが基本にあり、デビュー当時から現実の生活にふさわしい黒をはじめとする単色の淡い色を取り入れ、1925年頃から日中に着られる黒いドレスを作り続ける。1926年、US版『VOGUE』は、シャネルの衿もカフスもなく、ウエスト部分が少しブラウジングされたシンプルなドレスを「シャネルの『フォード』、世界中の人が着るドレス」といった謳い文句とともに掲載。同じ型の服はかえって品質を保証し、黒いドレスはアメリカの大衆車のように規格統一化へと向かい、シャネルが最先端であると編集者は結論を出したのだった。第二次世界大戦後の1954年、閉鎖に追い込まれていたパリのブティックを再開。1956年にはメンズ素材であったツイードを取り入れ、「シャネル・スーツ」を発表しモード・オスカーを受賞した。

ココ・シャネルはデザイナーとして働くことで経済的にも精神的にも自立し、自らに似合う服を自らがモデルとなって提案していった。1971年にホテル、リッツ・パリにて人生の幕を降ろすまで、ジャージー素材のドレス、ツイード素材のスーツ、リトルブラックドレス、バイカラーシューズ、ショルダーバッグ、パンタロン、イミテーション・ジュエリーなど現在まで受け継がれる多くの名作を世に輩出。実用的でエレガントなスタイルは、20世紀の産業や生活の変革を反映しており、特に新しい国であるアメリカの絶大な支持を得ながら人々に受け入れられていった。女性のファッションを根本から変え、19世紀の女性像を世の中から消し去ってしまったことから「皆殺しの天使」とも呼ばれた。

1983年、カール・ラガーフェルドがアーティスティック・ディレクターに就任。ココ・シャネルが残した伝統やスタイルへ敬意を払いながらも、残すべきものと変えてゆくものを見極め、ブランドの新章をスタートさせた。時代のニーズに合わせてプレタポルテに注力しながらも彼なりの解釈によって生まれるエレガンス、現代性、挑発性が、シャネルというメゾンの世界的な成功に大きく貢献した。2019年、カール・ラガーフェルドの死去に伴い、30年来彼の右腕として活躍してきたヴィルジニー・ヴィアールが後継者としてアーティスティック・ディレクターに就任。デビューシーズンとなった2020年リゾートコレクションでは、ココ・シャネルとカール・ラガーフェルドという偉大な二者にオマージュを捧げたアイテムを発表した。

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