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アディダス

VOGUE GIRLがお届けする「アディダス / adidas」に関する記事ページです。

1948年、アドルフ・ダスラーによってドイツで誕生したスポーツブランド。スニーカーを中心に最新技術を取り入れたアイテムが世界中で支持されている。2018年度スポーツメーカー売上ランキングでは、ナイキに次いで2位となっている。ブランド名はアドルフ・ダスラー自身の愛称「アディ」と苗字のダスラーから「ダス」をとってつけられた。シグネチャーロゴは、中足部の伸び防止のための補強バンドとしてスパイクに配された2本線が由来となっている。またこれまでに、ラフ シモンズ、ステラ マッカートニー、プラダといったハイブランドとコラボレーションしたアイテムを発表することで、ファッションシーンでも注目を集めている。

創業者のアドルフ・ダスラーは、兄にプーマの創業者ルドルフ・ダスラーを持つ。母親が働く洗濯室の片隅で靴を作りはじめ、1924年にはルドルフ・ダスラーが事業に加わって、スポーツシューズを製造する「ダスラー兄弟製靴工場」を設立。だが次第に2人の関係性は悪化し、1948年には同社を解体し、同年にそれぞれ新たな会社を立ち上げることとなった。1952年のヘルシンキオリンピックで、西ドイツの選手全員がアディダスのシューズを履いて以来、オリンピックで圧倒的な人気を集めるようなった。1965年にはかの有名な「スタンスミス」の前身となるテニスシューズ「ハイレット」、1970年にはオールレザーのバスケットシューズ「スーパースター」、クロスカントリー用の「カントリー」などの名作を次々と発表。1972年、「ハイレット」を履いたテニスプレイヤー、スタン・スミスがウィンブルドン選手権を制覇すると、これを機に「ハイレット」のモデル名を変更し、スタン・スミスの顔とサインをプリントした「スタンスミス」を誕生させた。1991年には約2,200万足の販売数を誇り、「世界でもっとも売れたスニーカー」としてギネスブックに認定され、現在も多くの人に愛用されている。

1970年以降は、アドルフ・ダスラーの息子であるホルスト・ダスラーが2代目の最高責任者に就任。ホルスト・ダスラーの経営戦略は見事に成功し、アディダスは売上高世界一を誇るスポーツ用品メーカーにまで上りつめる。1984年に公開された映画『ビバリーヒルズ・コップ』で主演のエディ・マーフィーが「カントリー」を着用したことで、ファッションアイテムとしてさらなる人気を誇った。だが、1990年にフランス人実業家のベルナール・タピがアディダスを買収すると、ダスラー家はアディダスから撤退。売上が低迷し始めたころ、1993年に経営権を取得したフランス人実業家のロベール・ルイ・ドレフュスのもとで、アディダスは見事に黒字化し、復活を果たす。1998年にアディダス ジャパン、2001年にストリートスポーツウェアのブランド、アディダス オリジナルスを設立。2003年、アディダス・スポーツ・パフォーマンスセンターの世界展開をスタートさせ、山本耀司とコラボレートしたブランド、Y-3を発表。また、リーボックをグループに加えることで、売上は約100億ドルを計上するほど大規模な会社へと発展した。2008年に、スポーツ選手をサポートする吸水速乾性に優れた新技術「ファブリックエックス」を開発。2010年のワールドカップ南アフリカ大会では、32カ国中12カ国ものチームがアディダスのユニホームを着用し、多くのサッカーファンにも選手を通じてアディダスの魅力を発信した。

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