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注目のブックストアに今読みたいおすすめの5冊を教えてもらう連載企画【BOOK STORE RECOMMEND】。今回セレクトをお願いしたのは、骨太で読み応えのある“堅い本”だけを揃えた「書房 石」。ブックセレクトを手がけるBACH代表の幅允孝氏に、“読んだことが今後の財産になる”ような、噛みごたえのある5冊を選んでもらいました。
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『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』椹木野衣(著)(世界思想社)¥1,700
アートに触れて、“自分と向き合う”。
美術批評家・椹木野衣がアートの見方と批評の作法を伝授し、彼自身がなぜ批評家の道を選んだのかを描いたエッセイ集『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』。アートはどうやって見て、どう評価すればいいのか? 感性とはどういうもので、どのように育まれるものなのか? アートに興味を持ったとき、多くの人に降りかかってくる疑問の数々に向き合うヒントが散りばめられた1冊。
「この随想録、冒頭にあるのは『芸術にとって“感動”は諸悪の根源だ。』という刺激的な言葉。岡本太郎の『感性をみがくという言葉はおかしい。感性とは、誰にでも瞬時にわき起こるものだ』という引用から始まり、『芸術における感性とは、あくまで見る側の心の自由にある』という椹木節が展開されます。
芸術に触れることはすなわち、“感性を通じて自身の中を覗き込む”ことだと彼は言います。大切なのは、作家の来歴や所属グループ、値段など作品の外側にあるものに邪魔されず、自身の目で作品を見届け心の機微を感じ取ることであるはずだと。なのに、それを“感動”という言葉で一括りにしてはどこが駆動したのか認識できないと彼は説くのです。その視点には、アートだけでなく、広く物事との向き合い方として普遍的なものがあると感じました。
まずは騙されたと思って最初のエッセイ『感性は感動しない』を立ち読みしてみてください。きっと数分後には、レジまで向かってしまうはずです」
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『地球にちりばめられて』多和田葉子(著)(講談社)¥1,700
人を隔てる“境い目”を考える。
1982年よりドイツで暮らし、日本語とドイツ語で創作を続ける多和田葉子氏の小説『地球にちりばめられて』。主人公は留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hiruko。自分と同じ言葉を話す人を探して旅を始めた彼女が、言語学を研究する青年クヌートと出会い、多くの仲間を作っていく……。誰もが移民になり得る時代、言語を手がかりに人と出会い、言葉のきらめきを発見していく物語。
「線を引く人か、なくす人かと問われたら、後者になりたいといつも思っています。物語の主人公、Hirukoは『ひとつの言葉を覚えても、また移動すると別の言葉が必要になって不便だ』と考え、デンマーク滞在中に北欧言語を組み合わせた独自の言葉“パンスカ”を生み出します。そして、個人レベルの最小単位言語を駆使しながら色々な人と出会い、新しい仲間を増やし、母語の外にいる人たちと共に“並んで歩く”ようになる。言葉の壁を超えたコスモポリタンたちの冒険がこの小説では描かれます。
言語とは、地域コミュニティのシンボルとなる一方で、その外側にいる人を無意識に排除する抑圧性も持っています。一方で、言葉を用いなければ届かないアイデアや感情も確かにある。現代に潜む、ボーダレスなのにコミュニケーション不全という矛盾。私たちの抱える見えない垣根をどう溶かしていくべきか? そんな気持ちで読んでみると、読後、街中で見かける外国から来て働く人たちへの接し方も少しだけ変わってくるはずです」
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『SHEILA HICKS: WEAVING AS A METAPHOR』(BGC)¥16,000
装丁に込められた文化への想い。
まるでアート作品のようなビジュアルの『SHEILA HICKS: WEAVING AS A METAPHOR』は、アメリカ出身のテキスタイルデザイナー、シェイラ ヒックス氏の作品集。独特の色彩、思慮深い構成、物語性を持つ彼女の作品たちをひとつひとつ検証し、作品へのアプローチ方法やその連続性を明らかにする。ブックデザインを手がけたのは、現代最高のブックデザイナーと評されるイルマ ボーム。
「今年84歳を迎えるアメリカ人女性シェイラ ヒックスは、糸、織、紐を用いたテキスタイル美術の革新者。絵画と建築を学んだ彼女は、メキシコや南米、世界各地の織物の技法や考え方を吸収し、工芸や美術といった垣根を超越しながら作品制作をしてきた方です。
彼女の仕事を集めたこの作品集は、切りっぱなしの布のような、手で割った豆腐のような、霜柱のような不思議な小口がじつに特徴的。真っ白で厚いこの本は、撫でていると本当に気持ちいいのです。装丁をしたイルマ・ボームはいちど綴じたら書き直しのできない本こそ“文化のいれもの”だと言います。本と体の親和性をよく知っている彼だからこそのデザインです」
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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ(著)(新潮社) ¥1,350
多様性の時代に生きる奥深さ。
イギリスで暮らす著者と「元底辺中学校」に通う息子の日常を綴ったノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。差別や貧困、ジェンダーの悩みなど世界の縮図のような学校に生きる少年が、直面する社会の歪みと向き合い、悩みながら成長をしてゆくさまを描く。2019年本屋大賞ノンフィクション本大賞の受賞をはじめ、幅広い世代、年齢の読者から高い評価を受けている1冊。
「ブレイディさんは音楽好きが高じて1996年から英国で暮らし、南端のブライトンで保育士をしながら物書きを始めた方。文化から政治に至るまで、英国の市井の人々の小さな息遣いを聴き取り、独特のリズムで語る文体に魅せられているのは僕だけではないはずです。
ジャパニーズ&ブリティッシュ&アイリッシュ&ヨーロピアン&アジアンと多様なアイデンティティを行き来する思春期真っ只中の息子。そして、“多様性はうんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいこと”がモットーのパンクな母。2人は、差別や格差が複雑に絡み合ったイギリス社会の縮図ともいえる学校で一緒に考えながらもがきます。
ちなみにシンパシーとエンパシーは、誰かをかわいそうだと思う“感情”なのか、誰かの感情を理解する“能力”かの違い。作中、子供達は“誰かの靴を履いてみる”ことでエンパシーの能力を自然と身につけ少しずつ前進していきます。多様性の時代に大人たちの常識を軽く飛び越えて成長していく子どもの姿は、誰の目にも頼もしく映るはずです」
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『愛するということ』エーリッヒ・フロム(著) 鈴木晶(訳)(紀伊國屋書店)¥1,262
現代だからこそ考えたい“愛の本質”。
エーリッヒ・フロムが愛について語った『愛するということ』は、1965年に書かれたロングセラー。異性愛、家族愛、自己愛、神への愛などあらゆる“愛”について、ドイツ生まれの社会心理学者が説いた不朽の名作。愛されるための小手先のノウハウの類ではなく、極めて論理的に愛の本質や失敗の原因を分析する。
「真剣に周りと自分について考えるとき、僕がいつも立ち戻るのはこの本です。衝撃を受けるのは、フロムが愛とは摩訶不思議で解析不能なものではなく“技術(=能力)”であるという前提に立っていること。フロムは言います。たいていの人は『いかに愛するか?』ではなく『いかに愛されるか?』ばかりを問題視していると。しかしフロムは孤立の克服こそが人間の命題だと捉え、愛とは与えることだと読者を諭します。そこから、彼が生涯かけて考え続けた自由や幸福について語りかけるのです。
人は愛を“能力”ではなく“対象”の問題だと勘違いするそうです。『愛することは簡単だが、愛するに相応しい相手、あるいは愛されるに相応しい相手をみつけることは難しい』と皆が口を揃えます。でも、そんな心持ちでいると、自分の交換価値の限界を考慮したうえで、市場で手に入る最良の商品(対象)を見つけたと思えた時にのみしか恋に落ちたと感じることができません。本来愛は与えることなのだという彼の視点は、隣人への愛が薄まった承認不足の現代にこそよく沁みると思うのです」
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<ABOUT 書房 石>
中目黒に昨年10月にオープンしたばかりの「書房 石」。“庭園” をテーマにした複合型店舗「the GARDEN」内の一角に、長年読み継がれてきた名著を中心に約900タイトルの書籍がずらり。食、音楽、美術、服飾、建築をはじめ、文芸、哲学、心理学、自然科学など、骨太で読み応えのある “堅い” 本を取り揃える。
同じ空間内に、2軒のレストラン、ワインショップ、ボタニカルショップ、ライフスタイルグッズショップが軒を連ね、知的好奇心だけでなく食欲やショッピング欲も満たせる「the GARDEN」。ふらりと訪れることで、暮らしを豊かにするヒントがきっと見つかる!