今年もアカデミー賞の季節がやってきた! 賞レースの行方に注目が集まる中、今年は“オンデマンド配信”での公開作への注目がここ最近で一番の盛り上がりを見せている。Netflix発の『ROMA/ローマ』が、作品賞をはじめ最多10部門にノミネートされ、とうとうオスカーを勝ち取るのでは!ともっぱらの話題。世界中の映画ファンはもちろん辛口な批評家たちまで唸らせているこの作品の魅力を知っていれば、アカデミー賞の発表当日がもっと楽しくなる!
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Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』より。
そもそも、ネット配信映画って映画業界でどんな立ち位置?
ここ数年、Netflixを筆頭とする動画配信サービスの台頭は目覚ましく、ハリウッドのみならず世界各国の映画賞でもこれらのサービスが配信している映画への対応に意見が分かれていることはご存じのとおり。世界3大映画祭のひとつであるカンヌ国際映画祭では、「仏国内で劇場上映されない作品はコンペティションの対象から外す」という新ルールを設け、動画配信サービスで配給される作品を選考の対象としない対応をとっている一方、アカデミー賞については「ロサンゼルス郡内にある劇場で連続7日以上上映されること。劇場公開前にテレビ放送、ネット配信、ビデオ発売がされていないこと」の2点が条件。『ROMA/ローマ』はこれを満たしているためノミネートされているのだけれど、反発の声があるのも事実。だからこそ、最多10部門にノミネートされ、作品賞受賞の最有力候補とまでいわれていることに最大限の注目が集まっているというワケ。
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キャスト陣は無名の素人ばかり!
全編スペイン語とモノクロ映像で、1970年代のメキシコ情景と自身の家族を投影した、1つのファミリーの日常を奏でる『ROMA/ローマ』。アルフォンソ・キュアロン監督の幼少期をたどりながら、父との絆が薄れゆく中で崩れていく家族のバランスや、自身を我が子のようにかわいがってくれた家政婦クレオとの楽しい日々、そして彼女自身の人生を丁寧に描写している。
この作品に出演するのは世界的に有名な俳優たちではなく、ほぼ素人に近い人たちばかり。家政婦クレオ役のヤリッツァ・アパリシオは女優としてはまったくの素人で本作がデビュー作だし、劇中に登場する病院の医師や看護師は、実際にその病院で働くスタッフがそのまま出演したというのだから驚き! メキシコをよく知る現地の人と映画を共に作るため、キャストには台本を渡さず、大枠のストーリーを口頭で説明しながら撮影を進めたというキュアロン監督。これが功を奏し、キャスト陣の演技は初めてとは思えないほど自然。町やそこに住む人々の息吹をリアルに感じられる、素人揃いとはとても思えない素晴らしい演技も『ROMA/ローマ』の注目ポイント。
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静かにみなぎる“ウーマンパワー”。
作品の舞台となる1970年代のメキシコは、女性と子どもの立場が弱く、男性優位の時代。長期の出張に出た夫を待ち続ける母ソフィアは、子どもをヒステリックに叱りつける。一方、恋人に逃げられた家政婦のクレオは、感情を表に出さず傷ついたことに背を向ける。 “クズ男に捨てられた”こと以外、まるで正反対な雇用主と家政婦。そんな彼女たちが、ひとつ屋根の下、それぞれ落ち込み、互いに干渉しないながらも最後には主従関係を超えて同じ女性として慰め合い、手を取り合って前を向いて生きていく。
別軸で動いてきた2人の人生がリンクするラストシーンは物語の最高の見せ場。派手な演出こそないけれど、女性の逞しさに心打たれ、鑑賞後に何度も感動を反芻させたくなる名場面だ。
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モノクロだからこそ染み入る映像美。
全編モノクロで展開される映画は単調で暗いイメージ、と感じている人でも本作の映像美やカメラワークを目の当たりにすると、その先入観は間違いだったと気付くはず。海辺で満ち干きする波、家屋外で空にゆらゆらと舞う洗濯物、放し飼いにされた犬たちに賑やかな繁華街など、70年代のメキシコを映し出す情景は写真のように美しく、どこか懐かしい。モノクロなのに、朝・昼・夜を感じられ、季節の移り変わりや人物の表情を読み取ることができるのは、色のない世界で五感がより研ぎ澄まされるからこそ。繊細な表現を通して、階級社会で左翼的働きが強まる不安定な時代の中でも、人々が小さな娯楽を心から楽しみ、前向きに生きてきたことが想像できる。
感情的な母ソフィの衝動的な行動は引きのアングルで撮影し、淡々とした性格の家政婦クレオはいかなる局面でも無表情な様子をアップで捉える。キャラクターの性格をより引き立たせる撮影技法は見事で、作品の個性を際立たせている。
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名匠アルフォンソ・キュアロン監督が紡ぐ“故郷へのラブレター”!
アルフォンソ・キュアロン監督が、脚本・撮影まで手がけた『ROMA/ローマ』は、誰にでも起こり得る毎日の積み重ねを丁寧に、繊細に描くストーリー。攻撃的でも刺激的でもない物語を通して、生きることの大変さと喜びを確かな温度感を持って伝えてくれる。
多くの人が身を持って体験している“普通”の人生を映し出すかのような映像を見ると、これぞキュアロンが本当に作りたかった作品なのだと感じずにはいられない。彼が自身の幼少期を投影したストーリーで紡ぐ、これはまさに家政婦や母、そして故郷に向けたラブレターなのだ。
これまでは、ハリウッドで結果を残せるのはドラマティックな展開が繰り広げられる派手な作品か、メッセージ性の強い時代を反映する英語作品と思われてきた。しかし『ROMA/ローマ』のような作品がノミネートされたことは、“多様性が受け入れられた新しい時代だからこそ”だとキュアロン監督は語っている。
良い作品が平等に評価され、ネット配信を通じて英語圏以外の多くの人にも感動を与えられる時代だからこそ勝ち得たノミネート。本作がアカデミー賞の歴史を変えることになるのか? ぜひ作品を見てから、授賞式当日を迎えたい!