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前向きになるために、ありのままの自分と向き合う。
1冊目に選んだのは、自分の考えや意志をもたず、周囲に合わせ過ごしてきた24歳の派遣社員の丸山成美が主人公のコミック『ダルちゃん』。本当の自分を押し殺し、多数派の足並みに歩幅を合わせてふつうのOLを演じることを“擬態”と呼ぶ主人公にとって、“ダルちゃん”とは擬態を解き気を抜いている状態のこと。本作では、そんなダルちゃんが「ほんとうの自分」として生きることを決意し、葛藤する姿を描く。
「この作品のすごいところは、読んでいると必ず自分と重なったり感情移入したりする部分があって、誰が読んでも“あ、わたしのことだ”と思えることです。それくらい、誰もがみんな無理して頑張っていたり、自分ってなんだろうと揺れ動いたりすることがあるんだと思います。
“前向きになる”ってどういう状態なのか考えてみて、“自分の素の状態を知ることと、それを知った上で変わっていこうと模索すること”だと思いました。本当はぐだぐだで、そんな自分に思い悩んでしまうこともあると思うんですが、まずはその状態を認めてあげてほしい。飾らない本当の自分を受け止め、ありのままを認めてあげる。前向きになるために、ますは“裸の自分”と向き合ってみるところから始めてみるのがいいんじゃないかと思います」
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迷いから抜け出すだけが答えじゃない。
2冊目は、浅生鴨さんの短編エッセイ集『どこでもない場所』。仕事や人生、はたまた納豆を買うかというような日常の些細なことにまで迷ってきた著者が、旅に仕事、学生時代などについて書き下ろした20の作品を収録。
何かに出会ってはちょっと立ち止まり、なんとなく躊躇し、偶然そこを脱していく。予定通りには進まない日常を描いた文章は、どこかあたたかくじんわりと心に響く。
「この本は、“僕はいつも迷っている”というフレーズで始まるんです。私自身、明るくてポジティブでいつも前向き!というわけではなく、悩むことも多いので、その書き出しを見て共感のようなものを覚えました。
迷いって“負”だと考えがちですが、この本は、迷っていることと止まっていることは違うというメッセージを伝えてくれる。“迷子でいいのだ”という筆者の言葉はまさにその通りで、悩んで迷って、同じ道でぐるぐる堂々めぐりしていたとしても、動き続けている。歩みを止めないでいるっていうことはそれだけで前向きなんじゃないかと思うんです。
読み終わると、ちょっと心がほっこりして『がんばろっかな』くらいのゆるい気持ちになれる。“なかなか明確な答えが出なくても、迷い続けることに意味はあるよ”というメッセージを込めておすすめしたいです」
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“不安”との付き合い方を見直してみよう。
3冊目は、アーティストが、自分の制作をしていく際の心がまえをコンパクトに説いた『アーティストのためのハンドブック』。アーティストであり続けるかぎりつきまとう答えの出ない不安と共存し、飼い馴らしながら、自分の制作をやめずに続けていく術をガイドする。アメリカで20年以上愛読される本書は、“つくること”に行き詰まって辞めたくなったとき、心の助けになるような指南を伝えてくれる。
「アーティスト、と言われると画家とか役者、歌手のような人を思い浮かべる人も多いと思うんですが、この本にはそういった狭いくくりのアーティストではなく、すべての“つくる人”に向けた言葉が並んでいます。芸術家だけじゃなく、料理人も主婦もOLも、仕事で何かを企画する人も、みんな何かを“つくる人”。そんなつくる人たちが常に向き合っているのが不安です。不安ってできれば隠したいし、なんとか消し去ってしまいたいと願うんですが、この本は不安の存在を認め、うまく乗りこなしていく心の持ち方を教えてくれます。
頭から順番に読み進めてもいいですし、今悩みがあるなら、それに当てはまる項目を目次から索引のようにして探し、その章から読んでみるのもおすすめです」
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ちょっと背伸びして、哲学者の視点を追体験。
4冊目の『意味がない無意味』は、哲学者の千葉雅也さんが2005年から2017年にかけてさまざまな媒体で発表してきたテキストを改稿し、書き下ろしの「はじめに」と表題作論文を加えた評論集。“身体と行為”をめぐる哲学を提起する1冊。
「前向きになって、自分を変えていこうとする時って、知らないことや新しい知識、他の人の物事の捉え方に興味が湧いてくると思うんです。同じ世界を見ていたとしても、自分と別の人だと感じ方が違うって面白いですよね。この本は、今をときめく哲学者の物事への視点を追体験できる本です。
哲学者の論考というと少し堅いイメージがありますが、身体や表現など誰にとっても身近な題材を、普段自分が使うものとは違う言葉、違う視点で論じていくので、どんどん読み進めていきたくなります。
物質論から、“ギャル男論”や“深夜のラーメン論”まで、テーマは緩急さまざま。どんなものを論じる時も独自の表現や読み解きに満ちていて、ひとりの哲学者の一貫した世界の捉え方を知ることができる1冊。少し背伸びして自分とは違う思考に触れることで、新たな気づきをもたらしてくれるはずです」
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発想力が身につくアタマのエクササイズ!
5冊目は、他愛もないひとつの出来事を99通りのさまざまな変奏によって変幻自在に書き分けたレイモン・クノーの言語遊戯本『文体練習』をコミカライズした『コミック 文体練習』。あらゆる語り口を駆使して展開される99パターンのコミックには、今まで知ることのなかった物の見方に対するヒントが散りばめられている。
「自分の中で当たり前になっていることを、一度疑ってみることで新たな視点が見つかることってありますよね。自分の思考や考え方、物の見方が凝り固まってきてしまうと、物事の多様な面を感じ取れなくなってしまう。そんな時にこそ、“練習”の名のついたこの本で考え方のエクササイズをしてみてほしいです。
ベースとなる雛形はとある1つの出来事なのですが、それをパーツに分解してみたり、登場人物だけにフォーカスしたり、使われている文字だけを抜き出してみたり……。あっと驚かされるような視点から出来事を切り取っていて、その発想力にきっと驚かされると思います。そういう多様な切り口を知ることで、何か他のことで再現できる。当たり前だと思っていることを一度バラバラに解体して再構築することで、別の正解が見えてくるかもしれません」
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<ABOUT 文喫>
「文喫」は入場料を支払う、立ち読み&座り読み歓迎の本屋。椅子やソファもちろん、寝転べる座敷スペースやデスクライトを備えたカウンター席など、思い思いのスタイルでくつろぎながら本の世界にどっぷり浸れる。店内に並ぶ約3万冊の蔵書も、2冊と同じ書籍はなく、一般書店とは一味違う品揃え。通常書店の平台には同じ本を重ねるが、「文喫」ではテーマ性のある本を平積みにするスタイル。ユニークな陳列方法が、思わぬ書籍との出会いをもたらしてくれる。
PCやノートを広げての作業もOKで、Wi-Fiに電源、さらにロッカーも利用可能。集中して作業を行えるのはもちろん、豊富な蔵書からアイディアを探して、参考書として使っても◎。ちょっとした打ち合わせや本にまつわるおしゃべりに使える個室スペースも完備し、空いていれば予約不要で使える。
店内入ってすぐのスペースでは、月替わりで本にまつわる企画展を開催(第一回は、雑誌『hinism』のクリエイティブディレクター・泊昭雄による「雑誌の力」展。1/31まで)。企画展のスペースと、レジカウンター前の壁一面に雑誌が並ぶマガジンウォールは入場無料だから、ぜひ気軽に立ち寄ってみて。