1994年、映画監督のソフィア・コッポラとゾエ・カサヴェテスがコメディセントラル(米コメディチャンネル)で番組『ハイ オクタン(Hi Octane)』を持っていたことを知ってる? 当時のふたりはまだ20代前半。ファンがアップしたであろうYouTube上の『ハイ オクタン』を観ると、クールな90年代の瞬間にスリップした気分になれる。ハイペース、漫画のようなビジュアル、ラフな編集……。それでもスタイリッシュさは色褪せてない。その理由は、ソニック・ユース、ナオミ・キャンベル、ベックなどのレアなゲストから、パリのファッションウィークの舞台裏といったふたりの幅広いアイデアのおかげ。しかもキアヌ・リーブスがモーターサイクルとともに道路で立ち往生するなんてレアな姿も。まさしく90年代のノスタルジックマニアにはたまらない番組なのだ。
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PHOTO:GETTY IMAGES「マーク・ジェイコブス」パーティを訪れたふたり。左からゾエとソフィア。
「それが私たちのやりたいことだったし、できることだった。周りのおかげで、なんとか番組が成り立っていたわ」と、カリフォルニアの自宅から取材を受けたソフィアは答える。きっかけは、当時カリフォルニア芸術大学生だった彼女が、友達のゾエを共同ホストに誘ったこと。何となく決まっていたテーマは、マッスルカー、モンスタートラック、スタントマンのドライバーなど、車についてのトピック。それはそのころ、若い女子がゴツくてうるさい車に乗るのがクールだった由縁。ソフィアはそのとき、1969年製ヴィンテージのGTOコンバーチブルを乗り回していたそう。「LAの交差点でエンストしたの。見せるための車だったけど、楽しかった」
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PHOTO:GETTY IMAGESビデオカメラを使うソフィアと父、映画監督のフランシス・フォード・コッポラ。
番組は予算がなく、撮影はDIY。おかげでビジュアルも編集もイマイチだけど、ふたりは逆にやりたいことができた。カサヴェテスは、カメラが入り込んでしまう”NG”こそが、番組の持ち味だったとキッパリ。「マルチメディアの先駆けよね。新しいものを作ろうとしたわけじゃないけど、本当にお金がなかったの。だから“このカメラを使って、なんか楽しいことしよう”っていう感じだった」。コッポラも「そのときはTVでデジタルビデオを使ってる人はいなかった。私たちはゴージャスな見栄えなんて興味がなかったの。ただ、番組のスピリットやゲスト、ふたりのホットなやんちゃ女子が車に乗るっているのを楽しむだけ。本当ちぐはぐで、ホームメイドなできあがりだったわ。友達に助けてもらってやってるぐらいだったから」。
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PHOTO:GETTY IMAGES「マーク・ジェイコブス」2004春夏コレクションのフロントロウに座るソフィアとソニック・ユースのキム・ゴードン。
そんな“友達”とは、音楽界でも名高いメンバーたち。「楽しみながらやっていたから、みんなオープンで、クレイジーだった。魔法みたいね」とゾエが語るとおり、レギュラーシリーズだったNYダウンタウンでの街頭インタビューは、バンド「ソニック・ユース」のサーストン・ムーアが担当。ソフィア曰く「キム(・ゴードン)とサーストンが住んでいたラファイエット近くの通りがあるの。ジョニー・ラモーンにインタビューしたわ」。あのビースティボーイズは、ソフィアとゾがホストを務めた『チャオ LA(Ciao LA)』という偽トークショーに、MV『サボタージュ(Sabotage)』で演じたキャラとして登場。ちなみにそのとき、ふたりが着ていたクラシックな「シャネル」のスーツスカートは、カゾエが「ソフィアは超キマってた」と語るほどお似合いだ。また、3回目では車に熱い思いを持つレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーや、ブロンディがゲストに。フリーは「車はNYにおいて邪悪な罪の例。車のすべてがイラつかせ、精神を奪う」とおもちゃの車に乗り込んだまま、プールにダイブ! ゾエは「彼は出られなくて、私たちみんなが飛び込んで、彼を救ったの」という秘話も語ってくれた。
90年代のインディーミュージックだけでなく、当時のファッションシーンにも精通している『ハイ オクタン』。ある回では、ムーアが『ヴォーグ』の本社があるマディソン街を訪れ「来るぶんにはいいけど、ここで働きたくない」とポロリ。そしてアナ・ウィンターのオフィスに行き、『ヴォーグ』の記事を書いたことのある「ザ・ブリーダーズ」のキム・ディールの話をすることに。ムーアはなぜキムの髪がいつも素敵でベトベトかというと、彼女がオープンしたサンドウィッチのお店のマヨネーズを使っていて、それをバックステージで見たと力説。ソフィアによれば、アナはその話に興味を示さなかった。
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ピンクヘア姿が珍しいクロエ・セヴィニー(右)。
モデルのジェニー・シミズは、バズカットとレンチにまたがったピンナップガールのタトゥーを魅せながら、トラックの修理テクを披露。「リムジンでの最高の思い出は?」と聞かれ、「CFDAアワードに行ったとき、クリスティ(・ターリントン)とナオミ(・キャンベル)と3人でイチャイチャして、手に負えなくなったこと」と淫らなジョークを放ったワイルドな一面も! ほかにも見逃せないのは、写真家のショーン・モーテンセンがパリでカール・ラガーフェルドに取材したときや、NYのソーホーで行われた「エックスガール(X-Girl)の初ランウェイのドキュメンタリー。ビキニ・キルの『レベル ガール(Rebel Girl)』が流れてる間、一瞬だけバンから飛び出すピンク色のマッシュルームカットのクロエ・セヴィニーが見えるのもレア!
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PHOTO:GETTY IMAGES
まだソーシャルメディアがない時代、『ハイ オクタン』は今だったら絶対バズるコンテンツを自然に生み出した。ふたりは、どんなものが人の心を掴むか、まるですでに見据えていたかのよう。だけど時代が追いつかず、結局『ハイ オクタン』は4話で終了。コッポラにとっても、その事実を受け入れるには時間がかかったそう。「人からよく、もう1度やってみるか、何かを変えてみたいかって聞かれるけど、あれは当時私たちがハマっていたものを詰めたタイムカプセルみたいなもの。あの脱力感こそ、番組の個性だから変えたいなんて思わないわ。私にとって誠意と心がこもった番組といえば、これだから」。
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エピソード1はYoutubeからチェック。
出典:US VOGUE