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金曜の夜はaggiiiiiii散歩 第20回:「春眠暁を覚えず」

600-600-2アギ散歩20イラスト

春が来たのでふと思い出したのだけれど、高校生のときに1年間だけ中国語を習っていたことがある。週に1度か2度、それぞれ45分間の授業だっただろうか。先生は近くの外国語大学からやってくる大学院生で、ハマちゃんと呼ばれていた。ハマちゃんは親切でフレンドリーな人だったけれど、すこし変わった一面もあって、はじめての授業で開口一番に「正直この程度の勉強時間ではあなたたちは中国語を話せるようにはならない」と宣言し、ゆえに彼女の持論に基づいて、わたしたちは1年でせいいっぱいやれる範囲の、かなり基本的な発声方法だけをねっちりとやることになった。それはつまり発音だけは完ぺきにできるようにするということで、知っている人もいると思うのだけど、中国語にはピンインと呼ばれる4つの発音方法があり、たとえば子音の「あ」ひとつとっても「あー(伸ばす)」「ああ(下がって上がる)」「あ~あ(ため息)」「ああ!(上から急直下)」とイントネーションを変えることでそれらはまったくちがう意味の言葉になるのである。そういうわけで、わたしたちは少々横に伸ばしたような(のがハマちゃんの癖なのか正式な発音なのかわからない)声で「あー」「ああ」「あ~あ」「ああ!」というのをたくさん練習していた。

んで、ある日のこと、ハマちゃんが「どうせしゃべれるようにはならないけど(←今思えばこのかたくなな発言はいったいなぜなのだろう)、せめてせめてこれだけは、完ぺきに発音をマスターしてほしい。そうしたらぜんぜんしゃべれなくても誇れる」みたいなことを言いだして、差し出されたのはあの有名な「春眠暁を覚えず」の中国語バージョン、というか原文なのだった。これを覚えることがいったいなんの役にたつのかと質問するにはわたしたちは純粋すぎた。ハマちゃんの提案をすんなり受け入れ、一生懸命がんばった結果、ほどなくして全員が「チュン・ミェン・ブー・ジュエ・シャオ……」ではじまる一節をすらすらと諳んじられるようになっていた。ハマちゃんの「これだけは」という思いは灼けた石のように熱く、しつこくしつこく発音を訂正された甲斐あって、10年以上たった今でもきっちりすみずみまで暗記しているし、大人になって知り合った台湾人の友人などに聞かせてみたら「ものすごくうまい」とみな目を丸くするのである。ハマちゃんの思い描いた通りの未来を、わたしは今生きている。でもほかの言葉はまだ話せないままだ。

 

Illustration : aggiiiiiii

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aggiiiiiii(アギー)

兵庫県生まれ、東京在住。2007年よりオルタナティブカルチャージン『KAZAK』をはじめ、2013年にはソフィア・コッポラ監督『ブリングリング』のオフィシャルファンジンも手がけた。とりあえずなんでもDIYでやろうとする。旅行が好き。www.kazakmagazine.blogspot.jp

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